四天王寺ものがたり
第二回『天王寺七坂』

天王寺七坂-イメージ

大阪平野の中央から南北にかけて伸びる丘陵地、上町台地。

北端に大阪城を抱えるこの台地は、古代は海に突き出した細長い岬でした。地図で見ると鉛筆を一本置いてあるようなイメージですが、けっこう複雑な海岸線であったようで、台地から下がる坂は必ずしも一方向を向いてはいません。

台地の西側、谷町筋と松屋町筋の間に「天王寺七坂」と呼ばれる7つの坂があります。

真言坂、源聖寺坂、口縄坂、愛染坂、清水坂、天神坂、逢坂。これらの坂道はいずれも大阪メトロ四天王寺前夕陽ヶ丘駅から谷町九丁目駅の間に点在します。

このあたりは、古くから仏教寺院が多い場所。石畳の坂の多くは夕陽を眺める名所でもあり、坂そのものの佇まいもまた、在りし日の日本の風景を思い起こさせてくれます。

では、天王寺七坂を簡単にご紹介しましょう。

1 真言坂
明治の廃仏毀釈までは生國魂神社の神宮寺など坊が栄え、そのすべてが真言宗であったことから真言坂と呼ばれるようになりました。今では両横に高層の集合住宅が建ったせいで日陰になってしまい、なんとなく「路地裏」のようなイメージもあるのですが、およそ50mの坂道を上りきって生國魂神社が視界に入ると世界が一変します。春には門の両横にある桜が見事です。

2 源聖寺坂
源聖寺の門口から延びるためその名が付けられました。悠久の歴史を持つ寺町にあります。近松門左衛門の「心中宵庚申」に登場するお千代と半兵衛の比翼塚がある銀山寺や、新選組が大阪旅で訪れたとされる萬福寺など、古刹が軒を連ねる一帯にひっそりと佇む坂です。この坂は途中から階段になっており、ゆるやかなS字にカーブしながら歩く人を導きます。まるでタイムスリップしたような、それとも別世界に行ってしまいそうな…少し不思議な世界観が味わえる坂道です。

3 口縄坂
その名の由来は、坂の下から眺めると道の起伏がくちなわ(蛇)に似ているからだそうです。
かの松尾芭蕉はここで「口とぢて、蛇坂を下りけり」と詠みました。江戸時代には枝垂れ桜の名所としても知られ、ドラマや映画のロケ地としても有名です。フォトジェニックな細長い坂道は、西日の射す午後が特に美しく“映え”ますよ。

4 清水坂
大阪にも清水寺がある、ということを知らない大阪人も意外におられます。大阪府夕陽丘庁舎の裏手に、京都の「元祖」清水寺同様、急な崖の上に大阪の清水寺はあります。清水坂はこのお寺の北側の石垣に沿った坂道です。
今、坂の上から見る夕陽はビルの間に沈んでいきますが、大昔は海に沈んでいったはず。その光景はまさに極楽浄土を思わせる荘厳さであったことが想像され、思わず手を合わせたくなります。夕刻に訪れれば、運が良ければ空全体が赤紫に染まる夕焼けが見られるかもしれません。その際は清水寺に入って舞台にあがると絶景が見られますよ。

5 天神坂
清水寺の南側、安居天神の麓にある坂。安居天神は、大坂夏の陣であと一歩のところで徳川家康を討ち取るところまでいった真田幸村が敗走し自刃した地といわれ、境内には「真田幸村戦死後之碑」があります。急な坂道には、神社にしげる木々が優しい日陰を落としています。良質の湧き水が出るのがこのあたりの特徴で、安居の清水は子どもの癇の虫を治める「かんしづめ(癇静め)の井」とも呼ばれました。幸村もこの湧水でのどを潤したのでしょうか。

6 愛染坂
その名の通り、愛染堂勝髷院が名前の由来。愛染堂は、大阪の夏祭りは愛染祭(6月30日)が嚆矢となることもあって、「愛染さん」と呼ばれ老若男女に親しまれています。境内にある縁結びの霊木「愛染かつら」をお参りすると、その男女は結ばれるという言い伝えがあるので、カップルでの参拝者もちらほら。大阪メトロ四天王寺夕陽ヶ丘駅からすぐのこの坂は、駅名にふさわしい、格別な夕陽を見せてくれますのでぜひ夕暮れ時に。

7 逢坂
この坂の名に関しては由来が諸説あり、一つは「逢坂の関」にちなんだという説。そしてもう一つは聖徳太子と物部守屋の「合方四会」からという説。どちらにせよ、この坂が古い歴史を持つことがうかがえます。四天王寺の西門に繋がる逢坂はもともとかなりの急坂でした。明治に入って徐々に整備されゆるやかな坂道になったそうです。

大阪というと「商売の都」と「お笑い」が二枚看板のようになっており、信仰の町・四天王寺エリアは観光ルートでは優先順位が下がってしまうようです。けれども、それが幸いして大勢の人でごった返すこともなく、昔ながらの住人に大切にされてきた天王寺七坂は、独特の気品をもって来る人を迎えてくれます。

夕陽を眺めるのもよし、地形の複雑さを愛でるのもよし。自動車が入れない狭い坂を「わざわざ」歩いて上り下りする人にしか見えない風景がそこにはあります。


天王寺七坂-イメージ

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